「ありのままの自分」とは?自分らしく生きるために知っておきたい本当の意味
「ありのままの自分でいいよ」
「もっと自分らしく生きていいんだよ」
こんな言葉を、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
私は、長いこと「ありのまま」「自分らしく」という言葉を聞くたびに、
「それって、いったいどんな自分のことなんだろう?」
あなたは、私の何をみて「自分らしく」って言ってくるのだろう、
と、すごくモヤモヤしていた時期があります。
当然ながら、簡単にはどれだけ考えても答えはでない。。。
自然体でいること?
無理をしないこと?
人に合わせないこと?
好きなことをして生きること?
これらも「ありのまま」の一つなのだと思います。
でも、お名前のお話をしながら、
いろんな方の人生と触れ合う機会が増えるたび、
私はもう一つ、大切なことがあるなと思っています。
それは、
「今の自分の状態を、良い・悪いで判断しない」
「何があっても自分を否定しないこと」
です。
SNSの影響は、やっぱりとても大きいかなと思うのですが、
元気で、なんでも思うように叶って、好きなことを仕事にして、
「ありのままの自分」だから・・・とか。
でも、人間だから、
時には落ち込むようなこともあるし、
急に不安になることもあるし、
あ〜、あの人いいな〜なんて思うこともあれば、
今日は、なんだかイライラしてるかも
と言うこともあると思うのです。
得てして、
自分の嫌な感情、醜い部分は誰しも見たくないもの
「こんなの自分らしくない!」なんて
何を持って決めたのでしょう。
どんな状態であっても、今ここにいる自分。
今、何を感じているのか、
それをすべて含め、
「ありのまま」ではないかなと思うのです。
「ありのまま=自然体」だけではないと思う理由
「ありのままの自分」と聞くと、
いつも穏やかで、
自分らしく堂々としていて、
周りの目を気にせず、
好きなことを楽しんでいる。
そんな姿を思い浮かべる人もいるかもしれません。
でも、現実の私たちは、そんなにいつも整っているとは限らないですよね。
落ち込む日もあります。
何をしてもうまくいかないと感じる日もあります。
そんな時は、
ネガティブ感情が出てきてしまう。
頭では、
「人と比べても仕方がない」
「自分らしく生きればいい」
とわかっている。
それなのに、気がつくと、
「これやろうって決めたのにまたやってない」
「こんなんじゃダメだ」
「もっと自分を大切にしなきゃ」
些細なことに、自分にダメ出しをしてしまう。
やっちゃってませんか?
「自分を一切否定しないでくださいね〜」とセッションでは必ず言います。
そして、大抵の人は、
「自分のことそんな否定してないです」っておっしゃるのですが、
だんだんと進んでいくうちに、
「れみさん、やってました。。。それも結構」って教えてくれます笑
これって、きっとこれまでの教育課程の影響もあると思ってるのですが、
私たちの中には、
もしかすると、どこかで
「完璧な自分、完璧な人生にならなければいけない」
という思い込みがあるからなのかもしれません。
「後悔しない生き方」
「一度きりの人生だから」も
ある一定を超えてしまうとしたら、いかがでしょうか。
今の自分では満足していない、と自分で判断している可能性もあるのです。
人は「できていない部分」に目が向きやすい
過去のことは経験しているだけにはっきりと
そして、
失敗や辛かったことは、心に傷を負っているので
ド〜ンと言う重いエネルギーのため
人は記憶に残しがちです。
できたことよりも、できなかったこと。
持っているものよりも、持っていないもの。
得意なことよりも、苦手なこと。
つい、そちらに目が向いてしまうことありますよね。
そして、
「私はまだまだだな」
と、自分を評価してしまう。
伸び代があるとすぐに切り替えられる方もいるので、
一概には言えませんが、ついポロッと口に出てしまうなんてこともあるのでは
ないでしょうか。
そもそも人と自分では、持っているものも、経験してきたことも、人生の目的も違います。
同じ物差しで比べることなんてできないんですよね。
ただ、頭でわかっていても、動けなくなる。
考えまい、と避けようとする。
この「避ける」ことも自分を否定していることに実はなっていたりします。
この視点もまた「自分らしく生きる」ために、とても大切なんです。
自分を受け入れるというのは、完璧になることではない
「自分を受け入れましょう」
「自己肯定感を高めましょう」
という言葉も、今ではよく聞きます。
でも、
「自分を受け入れる=自分のことを好きになる」
と考えると、これもまた難しくなってしまいます。
だって、自分の嫌いなところって、すぐには好きになれませんよね。
私は、結構、白黒つけたくなってしまう性格なので、
温和な人に本当に憧れます笑
以前は、そんなハッキリした性格を
「自分はまだ未熟だ」
「まだまだ修行が足りない」
なんて否定していたのですが、
自分の名前の意味を知った時、こんなことが書かれていました。
「正義感が強い、真っ直ぐ」
これをみて、「あ、これは仕方ない」と諦めがついたんです。
はっきりしてしまうのは、わたしの持つ気質なんだ、と。
「諦め」と言う漢字の意味は、どうしようもないとスルーしてしまうことではなく、
「言葉で物事を深く見極め、明らかにすること」
です。
そう、
自分には、そういうところがあるんだな、と明らかにして観察する。
自分の言動を意識していく。
「直さなきゃ」
と思うと、自分の気質を否定して、「ありのまま」と戦ってしまうことになります。
でも、
「それがわたしなんだ」と、少し距離を置いて見てあげると、
どんなことに正義感を持ちたくなるのか、
どんなふうにまっすぐ進もうとするのか、
気づいてきたんです。
「正義感が強い、真っ直ぐ」
である私を受け入れだした瞬間です。
そして、不思議なことに、
自分を受け入れだすと、
これは、自分にとって正義であって、
相手にとっては違うかもしれない、そんなことにも気づけるようになってきたんです。
人は長所で尊敬され、短所で愛される
大好きな作家のひすいこたろうさんが大切にされている言葉に、
「人は長所で尊敬され、短所で愛される」
というものがあります。
私は、この言葉が好きで、
これを聞いたとき、
「ああ、本当だな〜」と思いました。
完璧な人はいない、を優しく伝えてくれていると思います。
確かに、何でもできる人を見れば、
「すごいな」
「素敵だな」
と尊敬することがありますけど、
あまりに完璧だと近づきにくい。。。笑
でも、その人が少し抜けていたり、
苦手なことがあったり、
弱いところを見せてくれたりすると、
「この人もやっぱり人間なんだな〜」
なんて急に親近感が湧いたりしますよね。
完璧だから愛されるのではなく、
完璧ではない部分があるからこそ、共に助け合って過ごそうと思える。
弱さがあるからこそ、誰かの弱さにも気づける。
苦手なことがあるからこそ、人の得意なことを素直に認められる。
そう考えると、
私たちが「欠点」だと思っているものも、
必ずしも隠したり、なくしたりしなければいけないものではないでしょうか。
名前にも「良いところ」だけがあるわけではない
私は姓名判断をしていますが、同じことが言えると思っています。
「この画数は良いですか?」
「この名前はよくないですか?」
と聞かれることがあります。
その度に、
私は名前に「良い・悪い」はありません。
といつもお答えしています。
名前は、ただ、ここに生を受け存在する、
その人の持っている性質や生き方が表れていると考えているからです。
もちろん、
強みとして活かせてている人もいれば、
マイナスに出て活かしきれてない人もいます。
マイナスのエネルギーが優勢になってしまっている人には、
必ずどこかに切り替えられるきっかけとなる、扉の鍵があるので、
そこを一緒に伴奏して見つけていくのが、私のお役目です。
だから、
「良くない名前=運が悪い」なんてことは決してありません。
むしろ、良いところ、悪いところ、
どんなことでエネルギーダウンしてしまうのか、
それを含めて自分を知ることに意味があり、
どっちの状態であっても、それが「今のありのままの自分」であると言うことだと思っています。
完璧な名前がないように、完璧な人もいない
もし、すべてが完璧な名前があったとしたら、
その人は人生で何も悩まず、
何も迷わず、
何の苦労もなく、ずっと順調に進んでいくのでしょうか。
というと、私は、決してそうは思いません。
なんでもスムーズに行くなら、
そこには、学びもなく、気づきもなく、
もしかしたら、人として傲慢になっていくかもしれません。
人は、それぞれ違う性質を持って生まれてきます。
得意なことも違えば、苦手なことも違う。
人との関わり方も違う。
人生の中で経験することも違う。
だからこそ、自分にしかできない経験があり、自分だからこそ感じられることがあります。
名前にある「マイナスに出る部分」も、
「なくすべきもの」「直すべきもの」ではなく、
「どう付き合っていくかを知るためのもの」です。
「だから私は、こういう場面で苦しくなりやすかったんだ」
「だから、こういうことにこだわってしまうんだ」
と、自分を理解できるようになっていくはずですし、
気づくことで自分を責める代わりに、自分を優しく見られるようになるでしょう。
自分の欠点を許せる人は、
相手の欠点も許せます。
相手の悪いところを指摘してジャッジしてしまう人は、
きっと自分の欠点を一生懸命克服しようとしている人なのかもしれません。。。
ありのままの自分を知ることが、自分らしく生きることにつながる
ありのままの自分で生きるというのは、
「自然体」ということだけではないと私は思っています。
落ち込んでいるなら、落ち込んでいる自分を否定しない。
不調があるなら、「こんな自分はダメ」と責めずに、今の身体の状態に気づいてあげる。
人と比べてしまったら、「また比べちゃったな」と気づいてあげる。
自信をなくしてしまった時は、「今は自信がないんだね」と認めてあげる。
そして、その時の感情をジャッジしないで感じてあげる。
それが、私の考える「ありのまま」です。
あなたには、あなたの人生だからこその名前がある
私が名前を大切にしているのは、
名前には、その人がこの人生を生きるための大切なメッセージが込められていると考えているからです。
自分にしか歩めなかった人生がここにある。
そのために、今のあなたの名前があります。
だからこそ、世間の一般的な基準で、
「良い人であろう」とか
「もっと理想の自分にならなきゃ」
と頑張る前に、
「私は、どんな人として生きようとしているんだろう?」
と、自分を知ることから始めてみてほしいのです。
名前を知ることは、単に画数の吉凶を知ることではありません。
自分の持っている性質を知り、
自分の強みも弱みも知り、それが最も活かせる場所を知り、
自分そのものを楽しんで生きていく。
私は、それが名前を紐解くことの大きな意味です。
ありのままの自分とは、
いつも笑顔でいる理想系の自分ではなくて、
嬉しい自分も。
悲しい自分も。
強い自分も。
弱い自分も。
そのすべてを含めた「今の自分」。
私は、お名前からその人の持っている性質や人生とのつながりを紐解きながら、
違う方向へ「もっと頑張らなきゃ」と思っている方に、
「本来の自分で自分らしく生きる」ためのお手伝いをしています。
あなたの名前にも、あなたがまだ気づいていない「あなたらしさ」があるかもしれません。
もし、
「自分の名前には、どんな意味があるんだろう?」
「私は、どんな自分としてこの人生を生きていきたいと望んでいるのだろう?」
と思ったら、一度、ご自身のお名前をゆっくり見つめてみてください。
「お名前は魂からのメッセージ」
「名前は最強」です。
今の自分を否定しなくていい。
素敵な人生を歩んでいってくださいね。



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